「事業譲渡」と「株式譲渡」の違いって何?
調剤薬局に限らず、中小企業全般でもっともポピュラーなM&Aの手法は「事業譲渡」と「株式譲渡」です。まずは、それぞれの手法の特徴を抑えておきましょう。
「事業譲渡」は、事業全部、もしくは一部を譲る方法です。複数の店舗を持ち、一部の店舗だけを譲渡したいとか、営業権(のれん代)だけを譲渡したいといったケースが典型です。それに対して「株式譲渡」は会社の株式を売却することによって、会社そのものを譲渡する手法です。ですから、「株式譲渡」をすれば、会社が抱えている不動産も借金も買掛金も、すべて買い手に譲渡されます。
事業譲渡は、会社の一部を譲渡。株式譲渡は、会社そのものを譲渡
事業譲渡のメリットは、医薬品などの商品在庫から、レセコンや調剤機器などの設備、リースをはじめとする各種契約、さらに営業権(のれん代)に至るまで譲渡するものを自由に選べる柔軟性です。買い手にとっては、必要なものだけ、欲しいものだけを買えるという安心感、売り手にとっては好きな資産や契約などを残せる安心感があります。
もっとも、それはメリットであると同時にデメリットでもあります。というのは、ひとつひとつの資産や契約について、譲渡するたびに手続きが必要で、非常に面倒だからです。それに加えて、譲渡できるものに制約があります。調剤薬局の経営に欠かせない保健所管轄の「開設許可証」と、厚生局管轄の「保険薬局指定」、さらに「特殊医療(人工透析)の取り扱い」や「生活保護の人の受入れ」など許認可に関するものは譲渡できません。事業を譲り受けた店舗は、すべて新規に取り直す必要があります。
それに対して、株式譲渡は、会社そのもの譲渡するわけですから、一度の手続きで譲渡は完了。売り手にとっても買い手にとっても手続きの煩雑さはありません。また「開設許可証」「保険薬局指定」はもちろん、「特殊医療(人工透析)の取り扱い」などあらゆる許認可も引き継ぐことができます。
もちろん、事業譲渡同様、メリットはそのままデメリットに転じます。買い手にとって、株式譲渡のもっとも怖い点は、譲渡された後に借金や、どうみても不要な機材のリースなどおかしな契約が見つかるリスクです。もちろん買い手は譲渡前に調査をしますが、売り手が故意に隠していたり、書類の記載漏れなどがあれば、見分けることはほぼ不可能です。こうしたリスクがつきまとうことは、株式譲渡の宿命ともいえます。
残したい資産がある売り手にとっては、会社名義のものすべてを譲渡しなければならない「株式譲渡」は、使い勝手が悪いかもしれません。自宅などが会社名義になっていれば、株式と一緒に譲渡することになるからです。
事業譲渡のメリットデメリット 譲渡する、されるを自由に選べる。個別の譲渡手続きが必要で煩雑
株式譲渡のメリットデメリット 譲渡手続きが一度ですみ簡単。譲渡するメニューを選べない
事業譲渡と株式譲渡では、譲渡した時の税金も違います。事業譲渡とは、会社が会社の一部を切り売りすることなので、売り手は会社になります。会社が事業譲渡をして利益を得れば、その利益に対して課税されるのは法人税。ちなみに法人税は約4割です。
株式譲渡は、個人が株主である場合と企業が株主の場合があります。オーナーさん個人がもっている株式を売却するのであれば、課税されるのは所得税になります。通常、個人所得は、累進性がある総合課税が適用されます。しかし株式売却で得た所得は少し特殊で、既存の所得と切り離した分離課税を選択できます。
たとえば、年収二千万円の人は、総合課税を選択すれば、株式を売却して得た利益に対して40%の税金がかかりますが、分離課税を選択すれば20%の税金しかかかりません。分離課税は、どれだけ所得がある人でも課税は一律20パーセントだからです。税金面では、一般には、事業譲渡よりも、株式譲渡が有利だといえるでしょう。
事業譲渡に課されるのは法人税。株式譲渡に課されるのは所得税(分離課税)
このように事業譲渡、株式譲渡には、それぞれ特色があり、またメリット・デメリットもあります。できるだけ、メリットの部分を多く享受するためには、譲渡したい薬局の特徴と事業譲渡・株式譲渡のメリット・デメリットをよく把握しておくことが大切です。
薬局系事業承継の決定版
「上手に薬局を譲渡するための、たった一つの方法」より